I. エグゼクティブサマリー
ウズベキスタンのM&A市場は、近年、政府による積極的な経済改革と投資誘致政策を背景に、急速な変革期を迎えています。本レポートは、ウズベキスタンにおけるM&A活動の現状、主要な事例、および将来的な展望について包括的に分析したものです。
マクロ経済面では、堅調なGDP成長と外国投資の流入が市場の活力を支えています。特に、総固定資本形成の増加は、M&A活動が単なる企業の所有権移転に留まらず、国内経済の構造的成長に貢献していることを示唆しています 1。また、政府が推進する「投資・投資活動法」の改正は、外国投資家に対する法的・制度的な保証を強化し、市場参入のハードルを大幅に引き下げました 2。
特筆すべきは、M&A取引の質と量が変化している点です。過去には国営企業の関与が支配的であったM&A市場は、フィンテック、小売、デジタル経済といった民間主導のセクターが牽引するようになっています。本レポートでは、小売大手のKorzinka、決済企業のClick、オンラインプラットフォームのOLX Uzbekistanなど、複数の画期的なM&A事例を詳細に分析しました。これらの取引は、地域的なエコシステムの構築、グローバルな資本と専門知識の結合、および新興市場の成長カーブへの早期アクセスという、高度に戦略的な目的を持って実行されています 3。
結論として、ウズベキスタンは中央アジアにおける主要なM&Aハブとして台頭しており、その潜在力は今後も高まると予測されます。ただし、潜在的な投資家は、市場の特性を深く理解し、現地の法務・財務専門家や国際的なパートナーと連携しながら、慎重なデューデリジェンスを実施することが不可欠です。
II. ウズベキスタン投資環境の概観:M&A活動の背景
1. 堅調なマクロ経済成長と外資の流入動向
ウズベキスタンは、経済のあらゆる側面で変革を遂げており、これがM&A活動の強力な背景となっています。大統領府付属統計庁の発表によると、2024年の実質GDP成長率は前年比6.5%増と堅調に推移しました 1。この成長は、特に投資需要によって牽引されており、総固定資本形成は27.6%増と、2年連続で高い伸びを記録しています 1。このような高い投資活動は、企業の新規設立や既存企業の拡大だけでなく、M&Aを通じた市場への参入や事業統合を促進する直接的な要因となっています。
外国からの投資も顕著に増加しており、2024年には対外投資が60%以上増加したと報じられています 5。国際収支の観点から見ると、貿易収支の赤字が続く一方で、海外からの送金や投資の流入が全体の改善に大きく寄与しました 6。中でも、直接投資の純流入額は前年同期比30.5%増の28億ドルに達し、証券投資も史上最高の31億ドルを記録しました 6。この証券投資の急増は、政府や国有企業が国際資本市場から資金を調達する能力が高まっていることを示しており、市場の金融インフラがより洗練されてきていることを示唆しています。
これらの経済的データは、政府が積極的に推進している「投資に優しい政策」(登録プロセスの簡素化、税制上の優遇措置、知的財産権の保護など)が、国際ビジネスにとってウズベキスタンを魅力的な目的地にする上で、具体的な成果を生み出していることを裏付けています 7。
2. グリーン・エコノミーへの移行と投資機会
ウズベキスタンは、経済成長を支えるエネルギー需要が国内の天然ガス供給を上回るという構造的な課題に直面しています。同国はエネルギー供給の約8割を天然ガスに依存していますが、近年は国内需要に生産が追いつかず、ガス不足が深刻化しています 8。
このエネルギー安全保障上の懸念が、政府のグリーン・エコノミーへの移行を加速させる強力な動機となっています。国連開発計画(UNDP)の分析レポートによると、ウズベキスタンがグリーン経済へ移行するためには、年間60億ドルに上る巨額の投資が必要とされており、これは公的資金だけでは賄いきれません 8。そのため、国内外の民間部門からの資金調達が不可欠とされています 8。
このような状況は、再生可能エネルギー分野におけるM&Aやジョイントベンチャーに大きな機会を生み出しています。実際に、中東企業がウズベキスタンのエネルギー分野で積極的な進出を続けていることは、グローバルな投資家がこの市場の潜在力を認識していることの証左です 1。これは、単なる環境政策の推進ではなく、エネルギー不足という喫緊の課題を解決し、新たな経済成長の柱を構築するための現実的な戦略であると理解できます。この観点から、M&A活動は、エネルギー転換に必要な最新技術や専門知識を国外から取り込むための重要な手段として機能すると考えられます。
III. M&Aを促進する法的・制度的枠組み
1. 「投資・投資活動法」の主要改正点と投資家への恩典
ウズベキスタンの投資環境は、2025年1月に承認された新「投資・投資活動法」によって、戦略的に新たなレベルに引き上げられました 2。この法改正は、過去に外国投資家が直面していた法的リスクや不確実性に対処することを目的としており、国際的な投資規範に沿った形での改革が進められています 2。
特に重要な改正点は以下の通りです。
- 内国民待遇の導入: 世界貿易機関(WTO)の要件に従い、外国投資家に対する「内国民待遇」が導入されました。これにより、外国企業は国内企業と同等の利益と優遇措置を享受できるようになり、公平な競争環境が保証されます 2。
- 外資比率の要件引き下げ: 外国投資家が「外国企業」として認定されるための出資比率の要件が、従来の15%から10%に引き下げられました 2。これは、より柔軟な合弁事業の設立を可能にし、市場参入の障壁を低減します。
- 土地利用権の期間延長: 外国投資家に対する土地利用権の期間が、最長25年から49年に延長されました 2。これは、長期的なインフラ投資や大規模プロジェクトを計画する投資家にとって、重要な法的安定性を提供します。
これらの法改正は、単に規制を緩和するだけでなく、投資家が最も懸念するリスク要因を体系的に取り除こうとする政府の強い意志を反映しています 2。これにより、M&A取引の法的リスクが低減され、より複雑で大規模な取引が実行しやすい環境が整備されています。
2. M&Aにおける法務・アドバイザリーの役割と市場の成熟度
ウズベキスタンにおけるM&A市場の成熟度は、専門的な法務・アドバイザリーサービスの発展からも見て取ることができます。Kosta Legalのような現地の法律事務所は、デューデリジェンス、通貨管理、合併許可の取得、株式購入契約の交渉・起草など、M&A取引の全プロセスにおいて包括的なサービスを提供しています 10。彼らの専門性は、外国企業が国内の法律(例えば、テロ資金供与や腐敗防止に関する法規)を遵守し、円滑に取引を遂行する上で不可欠です。
Chambers & Partnersのような国際的な評価機関のランキングに、CENTIL、Dentons、GRATA Internationalといったウズベキスタンの法律事務所が名を連ねていることは、同国の法務市場が国際的な基準に適合していることの証明となります 11。これらの事務所は、クロスボーダー投資や国営企業とのジョイントベンチャーなど、複雑な案件を手掛けており、これはウズベキスタンのM&A市場が過去の「伝統的な取引が未発達」という評価から脱却し、より洗練された段階に移行していることを明確に示しています 12。
IV. 主要M&A事例の詳細分析と戦略的意義
以下に、ウズベキスタンにおける近年の主要なM&A・投資事例を分析します。これらの事例は、市場の主要な動向と、投資家がどのような戦略的意図を持って行動しているかを具体的に示しています。
表1:ウズベキスタン主要M&A事例一覧
| 取引名 | 買収/被投資企業 | 買収/投資企業 | 取引額 (USD) | 取引時期 | セクター | 戦略的意義 |
| Korzinkaへの投資 | Korzinka | Abu Dhabi Uzbek Investment, UzOman | $1億1,000万 | 2025年4月 | 小売 | 小売インフラの近代化と多角的な成長 |
| ClickとTengebankの株式交換 | Tengebank | Clickの株主 | $6,076万 | 2025年7月 | フィンテック | クロスボーダーによる統一デジタルエコシステム構築 |
| ClickとTengebankの株式交換 | Click | Halyk Bank | $1億7,640万 | 2025年7月 | フィンテック | クロスボーダーによる統一デジタルエコシステム構築 |
| OLX Uzbekistan買収 | OLX Uzbekistan | TBC Bank Group, Titan Investments | 非公開 | 2025年8月 | フィンテック | デジタルエコシステムのユーザー基盤拡大 |
| BILLZ買収 | BILLZ | TBC Bank Group | 非公開 | 2025年6月 | フィンテック | サービス多様化と市場支配力強化 |
| UPay買収 | UPay | Humans | 非公開 | 2022年 | フィンテック | 市場統合と事業規模拡大 |
| Paybox買収 | Paybox | Freedom Holding Corp. | 非公開 | 非公開 | フィンテック | B2Bサービス領域への参入 |
事例1: 小売セクターにおける大規模投資:Korzinka
ウズベキスタン最大の食料品小売チェーンであるKorzinkaは、2025年4月にAbu Dhabi Uzbek InvestmentとUzOmanの金融機関から1億1,000万ドルの直接投資を誘致しました 3。この取引は、ウズベキスタンの民間セクターにおける過去最大規模の投資の一つとされています。
この投資の背景には、欧州復興開発銀行(EBRD)の存在が大きく影響しています。EBRDは2020年にKorzinkaの少数株主持分を取得して以来、同社のコーポレートガバナンスと財務報告基準を国際レベルに引き上げる支援を行ってきました 13。この支援は、より大規模な機関投資家であるアブダビやオマーンの政府系ファンドが、安心して投資できる環境を整える上で重要な役割を果たしました。この事例は、国際開発銀行が新興市場での投資リスクを低減し、その後の大規模な民間資本の流入を促す、デリスキングの触媒として機能するモデルを実証しています。
Korzinkaは、今回の投資資金を、店舗ネットワークの拡大(現在の150店舗から中期的には1,000店舗超へ)、電子商取引プラットフォーム「Korzinka Go」の強化、および49,000平方メートルの新しい流通センターの建設に充当する計画です 3。この戦略は、単なる資金調達ではなく、国内小売インフラの戦略的な構築と近代化を目的とした成長資本の注入であると捉えることができます。
事例2: フィンテック市場の統合と成長:ClickとTengebank
デジタル決済サービス大手のClickと、カザフスタンのHalyk Bankの子会社であるTengebankは、2025年7月に総額2億3,700万ドルの相互株式交換取引に合意しました 3。この取引において、Halyk BankはClickの株式49%を1億7,640万ドルで取得し、Clickの株主はTengebankの株式49%を6,076万ドルで取得します 3。
この相互株式交換は、ウズベキスタンのM&A市場が、単なる買収だけでなく、より複雑で戦略的なクロスボーダー取引を可能にするほど成熟していることを示しています。この提携の主目的は、ウズベキスタンとカザフスタンにまたがる統一されたデジタルエコシステムを構築することです 3。この取引は、特定の企業を買収してサービスを統合するだけでなく、地域全体にわたる金融・デジタルインフラを再構築しようとする野心的な動きの一環です。また、この取引におけるClickの評価額が3億6,000万ドルであったのに対し、Tengebankは1億2,400万ドルと評価された事実は、ウズベキスタン市場において、伝統的な銀行サービスよりもフィンテックプラットフォームの成長潜在力が高く評価されていることを物語っています。
事例3: デジタルエコシステムの拡大:TBC Bank GroupによるOLX Uzbekistan買収
ジョージアのTBC Bank Groupは、2025年8月にオンライン分類広告プラットフォームのOLX Uzbekistanの過半数株式を取得することで合意しました 4。この取引は、TBCが中東の投資会社であるTitan Investmentsと共同で設立した合弁事業(JV)を通じて実行されました 4。
TBCの戦略は、OLXが有する540万人の月間アクティブユーザーと20%以上の国内インターネットユーザーをカバーする広範なユーザー基盤を、TBCのデジタルバンキングエコシステムに取り込むことにあります 4。この買収は、単に事業を拡大するだけでなく、ユーザーの「注意」と「生活ニーズ」を獲得し、分類広告プラットフォーム内に金融商品を組み込むことを目指す、現代のデジタル企業に共通するプラットフォーム戦略の一環です。この取引は「過去30年で最も重要なM&A取引の一つ」と称されており、ウズベキスタンのデジタル経済における画期的な出来事として位置づけられています 4。
TBCは以前にも、小売管理ソフトウェア企業BILLZの株式を取得しており、今回のOLX買収は、同社がウズベキスタンにおいて多様なデジタルサービスを統合した包括的なエコシステムを構築しようとする一貫した戦略を示しています 4。これは、複数のサービスをシームレスに連携させることで、顧客との接点を増やし、市場における支配的な地位を確立しようとする試みです。
V. ウズベキスタンM&A市場のトレンドと展望
1. セクター別分析
ウズベキスタンのM&A市場は、特定のセクターで特に活発化しています。
- フィンテック・デジタル経済: 豊富な若年人口と政府のデジタル化推進策を背景に、フィンテックセクターはM&Aの最前線に位置しています。決済、eコマース、B2Bサービス分野で小規模な買収や大規模な資本提携が相次いでおり、この傾向は今後も続くと予測されます 3。
- 小売・消費財: 3,500万人の人口、特に30歳未満が人口の3分の2を占めるという有利な人口構成を背景に、現代的な小売市場は依然として未開拓の巨大な潜在力を秘めています 14。Korzinkaの事例が示すように、このセクターは大規模な国際投資を誘致する能力を有しており、効率化と多角化を目的とした投資が活発化すると見込まれます 3。
- エネルギー・インフラ: 天然ガス不足という構造的な課題に直面するウズベキスタンでは、再生可能エネルギー、送電網、および関連インフラへの投資が急務となっています 8。この分野では、国内外の民間資金が不可欠であり、戦略的なM&Aやジョイントベンチャーの機会が増加すると予測されます 1。
2. 市場の動向と課題
歴史的に、ウズベキスタンのM&A市場は、国営企業の支配的な関与により、伝統的な取引が限定的であるとされてきました 12。しかし、近年は政府の積極的な民営化政策と、フィンテックや小売などの民間主導セクターの成長により、プライベートM&Aが市場の主要な牽引役となっています。これは、ウズベキスタンがより成熟した資本主義経済へと移行している明確な証拠です。
今後の見通しとしては、規制緩和、若年人口による消費市場の拡大、そしてデジタル経済の勃興が、M&A活動を強力に後押しすると考えられます。
VI. 結論と戦略的提言
ウズベキスタンは、堅調な経済成長、投資家フレンドリーな法制度改革、そして急速に成長する民間セクターを背景に、中央アジアにおける主要なM&Aハブとして台頭しつつあります。M&A取引の事例は、市場が単なる所有権の移転から、より複雑で戦略的なエコシステム構築へと進化していることを示しています。
潜在的な投資家がこの市場の機会を捉えるためには、以下の戦略的アプローチが有効です。
- 徹底的なデューデリジェンスの実施: 信頼できる現地の法務・財務専門家(Kosta Legal、CENTIL、Dentonsなど)と連携し、取引の法的・財務的なリスクを詳細に評価することが不可欠です 10。
- 国際的なパートナーシップの活用: EBRDのような国際開発銀行や、Titan Investmentsのような専門知識を持つ投資ファンドとの共同事業は、リスクを軽減し、現地の市場知識を補完する上で非常に有効な手段となります 4。
- 新しい法的枠組みの最大限の活用: 2025年の「投資・投資活動法」改正によって提供される「内国民待遇」や税制優遇措置、土地利用権の延長といった恩典を十分に理解し、活用することが、長期的な事業の成功に繋がります 2。
結論として、ウズベキスタンへのM&Aを通じた市場参入は、単なる投資活動ではなく、急速に変化する新興市場の成長カーブに早期にアクセスするための戦略的価値の高い手段であり、今後もグローバルな資本と関心を惹きつけ続けるでしょう。
関連リンク集
- JETRO(ジェトロ)
- ウズベキスタン投資環境・M&A動向:
https://www.jetro.go.jp/world/russia_cis/uz/gtir/1 - 外国投資規制・恩典:
https://www.jetro.go.jp/world/russia_cis/uz/invest_02.html21
- ウズベキスタン投資環境・M&A動向:
- M&A専門ファーム・ニュースリリース
- Ansher Capital:
https://ansherglobal.com/ma-deals-of-uzbekistan-for-2022-2024/22 - 共同通信PRワイヤー:
https://kyodonewsprwire.jp/release/2025061103355 - Kun.uz:
https://kun.uz/en/news/2025/08/25/uzbekistan-sees-surge-in-major-business-deals-korzinka-click-tbc-and-uzum-secure-new-investments3 - Fintech Intel:
https://fintech-intel.com/banktech/tbc-bank-group-acquires-majority-stake-in-olx-uzbekistan/15 - Financial Times:
https://markets.ft.com/data/announce/detail?dockey=1323-17196058-6TQPO52AD5KHPB675FMEE2CGCG16
- Ansher Capital:
- 法律・投資関連
- Kosta Legal:
https://kostalegal.com/corporate-and-m-a10 - Chambers & Partners:
https://chambers.com/downloads/rankings/843/uzbekistan.pdf11 - HSF Kramer:
https://www.hsfkramer.com/insights/reports/2025/global-ma-report-2025/regional-perspectives/cee-and-central-asia12 - UNCTAD:
https://investmentpolicy.unctad.org/investment-laws/laws/328/uzbekistan-the-law-on-investments-and-investment-activity23
- Kosta Legal:
- 国際機関・事例研究
- EBRD:
https://www.ebrd.com/home/what-we-do/products-and-services/equity/korzinka-case-study.html14 - Crowdfund Insider:
https://www.crowdfundinsider.com/2025/08/248091-tbc-bank-group-acquires-majority-stake-in-olx-uzbekistan-in-landmark-digital-deal/4 - KPMG:
https://assets.kpmg.com/content/dam/kpmg/uz/pdf/2024/Fintech%20UZ_Payments_POS%20Financing_BNPL-final.pdf18
- EBRD:



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